こんにちは。

1週間前になりますが、約1年ぶりに渡道した管理人。緊急事態宣言下でしたので、できるだけ人との接触のない旅をということで、旧JR標津線の遺構を巡ってきましたので紹介します。

標津線は北海道東部の根釧台地へ延びていた路線で、釧網本線の標茶駅から中標津を通って根室海峡に面した標津町に至る路線と、途中の中標津から根室本線・厚床駅に至る支線により構成される路線でした。
(路線図はwikipediaに分かり易い図があります。)

厚床方面は支線とはいえど標茶~中標津間より少し距離が長く、路線図はT字のようになります。第3次特定地方交通線に選定され平成元年に全線廃線となりました。

線路跡は保存された駅を除き、市街地では道路等への転用がなされている箇所があるほかは殆ど原野に還りつつある状況です。今回は保存された駅が存在する駅を回ってみました。

今回訪問したのは下の駅(跡)です。
・西春別駅
・上春別駅
・中標津駅
・上武佐駅
・川北駅
・根室標津駅
・奥行臼駅

今回は、上の3つをご紹介します。
①西春別駅跡
P1000711跡地には別海町鉄道記念公園となっており、鉄道記念館と、保存車両と別海町内に存在した標津線の駅名板(奥行臼駅を除く)が保存されています。

保存車両はD51-27形、車掌車ヨ4642形、除雪車キ276、キハ22-239形気動車。
P1000705
P1000708
P1000709
P1000693
説明書きによると、D51形は標津線はもとより日本で活躍した車両ではなく、昭和24年(1949年)に日本で新製されてサハリンに売却された、元からサハリン向けの車両だったそうで日本国内での稼動実績はありません。サハリンで廃車後に買い戻し、ここに保存されているとのことです。
P1000704そのため、酷寒地向けに運転台が密閉となっている仕様です。この車両は日本にはないタイプ。また、D51-27と、"ハイフン"が入っていますが、これも旧ソ連向け仕様ということです。よって、ハイフンの入らない日本の国鉄D51 27号機は別に存在します。

ちなみに鉄道記念館は月曜日休館(祝日の場合は翌日)。下調べもせず私が訪問したのは…月曜日でしたまた来いよ、ということでしょうかね。

ちなみに、鉄道が廃止になって30年余経ちますが、近くの郵便局は西春別駅前郵便局といい、「西春別駅前○○町」という地名が残存しています。

最後に展示されている各駅の駅名票。
P1000699
P1000698
P1000694
P1000692
P1000691
P1000690
P1000689

鉄道記念館の建物向かいに駐車場があるので、車でのアクセスは容易でした。

②上春別駅跡
上春別駅は西春別駅のとなりの駅。周りは農地に囲まれ、線路は根釧台地の防風林に沿うように走る中にありました。
P1000718
鉄の骨組みの上にコンクリートのプラットホームがあるだけの簡素なつくりの駅でした。2020年になり、それまで草に埋もれかけていたホームを地元の有志の方で綺麗に整備されたそうで、別海町歴史文化遺産にも登録されています(別海町HP)。
P1000717
防風林の中にポツンとホームだけが残存していました。

③中標津駅跡
中標津町の代表駅でした。跡地は中標津町交通センターと中標津総合文化会館しるべっとになっています。
P1000721
鉄道らしいモニュメントは屋外にはなにも残されていませんが、かつて山田洋次監督の映画「家族」の舞台となったことを示すものが設置されています。
P1000722
ただ、根室交通と阿寒バスのバスが発着する交通センターの建物内に、中標津駅と標津線ゆかりの品が保存されています。
P1000723
展示室。普段は施錠されており、バスの案内窓口に一声かけて鍵をあけてもらう必要があります。
P1000724
開業日を示す看板と、標津線の歴史を記載したパネル。
P1000725
タブレット閉塞器。標津線は廃止までタブレット閉塞による運行でした。
P1000735
P1000729
ホーム案内と駅名標。駅名標は隣が共和駅とあるので、厚床方面の3番線のものでしょう。
P1000727
P1000728
往時の走行写真や、
P1000734
P1000736
中標津駅で実際に使用された品がありました。

続きは次回に続きます。今回もご覧いただきましてありがとうございました。

その2・その3はこちらから→(その2その3


▼各種ブログランキングに参加しています!ワンクリックいただけますと励みになります!!▼
鉄道コム

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村
<